2014/10/31

ハロウィーンですが伏せ字ばかりです

Trick or ...ゴッホ。咳が止まりません。先週風邪を引きました。熱はありませんが、咳だけ止まりません。誰かから結核を伝染されてないかとビクビクしているところです。まあ本当に結核だったりしたら、院内大騒ぎなわけですが。来週で2週間になりますが、そろそろ胸部X-pを受けなくては行けないんでしょうか?

とりあえず家にあるお薬で様子を見てますが、あれを飲むとホントにラリります。おクスリ(アンフェタ○ン系)ではないです。カルボシス○インやトラキ○ム、フェキ○フェナジンにそんな効果があるのかと疑いますが、ホントにラリります。体質なんでしょうね

M野Dr.から「リン酸コデ○ンをお湯に溶かして静注してみれば?」と、ありがたい助言を頂きましたが、コ○インはモ○ヒネ系のおクスリなので、ダウナーになってちょうど良いのかもしれません。色んな意味で青い制服を来た方々のお世話になりそうですけど


咳のし過ぎで頭に酸素が回っていないのと、お薬の影響でラリっている時の診療やら面談やらは最低でした。自分で何を言っているのかホントに分からない。カルテやお手紙(診療情報提供書)の内容もひどい。誤字脱字だらけであります

でもこんなときにも重要な話をご家族にしなければならない時があります。最期の瞬間をどうするかとかDNR(Do Not Resuscitate; 蘇生処置拒否)の話とか。こんな重い話をゴホゴホしながらしなくちゃならないんですよ。酸素が続きません


ここでDNRをググられた方は驚かれたかと思いますが、別にボクラが「亡くなりそうなときにめんどくさいから何もしない取り決めをしておこう」とかそんなことを思ってお話をしているわけではないです。その方とご家族の尊厳を守るためにお話をさせて頂いているのです

もちろんご家族の「最期になって何もしてあげられないのは忍びない、血みどろになってもよいから最後まで諦めなかったという気持ちを伝えたい」などの強い思いがあれば、心臓マッサージだって人工呼吸器の接続だってやります。だってそれが患者に対するご家族の考える愛なんだもの

逆にご家族が「いままで十分に苦しんで生きてきたのだから、最期くらい苦しまず楽にさせてあげて欲しい」というお気持ちであれば、ボクらも同じ気持で患者さんを見守っていきます。それも患者さんに対するご家族の愛なんだし

ボクはDNRの書類について最近こんな風に考えるようになりました。異論はあるのですが、ボクらがDNRの確認をするときは、安易な考えでやっているわけではない、手を抜きたいからやっているわけではない、そのように感じていただければ幸いです

2014/10/12

サボってました

9月の後半は結局何も書いてないですねぇ。何が忙しかったのかはわかりませんが、ただひとつ髪の毛を切りに行く暇が全くなかったです。3-4ヶ月位伸びっぱなしじゃないかな。最後に切ったのはいつかわかりません。常に目にかかるので、時折頭をブンブンして振り払ってます

よく考えたら不思議では無いですか?同じ霊長類の野生のニホンザルとかイヌやネコは毛をまったく切らないのに、だいたい同じ長さで落ち着くんですよ?人間の毛でも足とか手の毛はだいたい長さが決まってるけど、なんで髪の毛だけどんどん伸びていくんですかね?

これを解明することでノーベル賞はもらえるかどうかはわかりませんが、ネイチャーあたりには論文を載せることができるかもしれません。将来的には色んな講演会に引っ張りだこになっちゃうかも。あと素晴らしい育毛剤(または脱毛剤)の開発につながってイグノーベル賞あたりは狙えるかもね


そんなこんなで今年のノーベル賞も発表されちゃいました。なんと物理学賞に日本人が3人も選ばれてました。iPS細胞やES細胞もすごいけど、青色発光ダイオードもそれに並ぶくらいすごい発明なんです(具体例が信号機ぐらいしか思いつきませんが、画期的なのは間違いないです)

あと今年は日本人では村上春樹と日本の平和憲法がノミネートされてましたが、いずれも事前の評価は非常に高かったのですが、土壇場で受賞を逃してしまいました。まあ来年もノミネートするでしょうから、次以降に期待しましょう

ところで日本国憲法が受賞したら誰が授賞式に向かうんでしょうね?あれだけ改憲を叫んでいたSHINZO ABEさんでしょうか?授賞式で「より世界が平和になるように改憲します!」的なことを言ってたんでしょうか?ぜひ見たかったですね


あと残るのは経済学賞だけですが、これは13日に発表です。日本人の受賞者がまったくいません(平和賞は過去に「非核三原則」で佐藤栄作元内閣総理大臣が受賞しています。顛末はともかく)。ノミネートされている方がいるのかすら知りませんが、生きている間にみたいですね


さて前回のごとく大きく話は変わりますが、そのノーベル賞受賞者の発表がされ始めたちょうどその日に一人の方を看取っております。最終的に多くのご家族にお会いする時間を作ってさしあげることができたのですが、その代償として苦しめる時間を少し作ってしまったのではないかと反省しているところです

患者本人の苦痛をとってあげることと、ご家族の希望の両方を叶えるというのは難しいことです。画一的な方法を誰か作ってくれれば、個人的にノーベル医学生理学賞を差し上げたい(もちろん権利はない)んですが、まあそんなことは千年たってもないでしょうね。それほど深い問題だと思います

P.S.
そういえばこの記事で20件目です。2012年の頃よりスピードは遅いのですごくはないです